IMAGINE PEACE TOWER

Imagine_peace_tower

オノ・ヨーコさんから、こんなメールをいただいた。

 大切な友人である ×××× さまへ

 グリニッジ標準時間の10月9日午後7時45分に、
 亡き夫のジョンレノンを追悼して、
 アイスランドのレイキャビクで
 イマジン・ピース・タワーをふたたび点灯します。

 みなさんのご友人に、
 イマジン・ピース・タワーに願いを送り、
 点灯しているタワーをご覧になるよう呼びかけてください。

 オノ・ヨーコ
 愛を込めて

 ▼詳細は下記をご覧ください。
 http://is.gd/fPvJz


 photo: Samtök ferðaþjónustunnar

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冷めたココアと宵待草の間

 検察──百年河清

Photo

 まてど暮せど来ぬひとを
 宵待草のやるせなさ
 こよひは月も出ぬさうな

今年(2010年)は “大逆事件” からちょうど100年目にあたる。首謀者として歴史教科書に登場する幸徳秋水(顕彰する会)のイメージは、教室では “国家転覆を謀った極悪人” というところだったろうか。しばしば並び称される大杉栄の逸話の多い人生(松岡正剛の千夜千冊)と比較するとき、彼のそれはいかにも直線的な気がする。

そんな秋水だが、母親から勧められた最初の結婚では式当日に妻の顔を初めて見て、あまりの・・・で席を立ち、そのまま離婚。その夜は吉原にくり出したとも。また、荒畑寒村からはのちにともに刑死することになる管野スガ(大阪日日新聞 ※寒村はこのシリーズの(4)(5)に登場)を奪い、決闘を申し入れられたりもしている。アナーキーはときに “無秩序” と同義とされがちだが、私生活についてはあながち誤解とも言い切れない(笑)。

それはともかく、“事件” は社会主義者を一掃するために検察がでっち上げたもので、多くが冤罪だったことはご存じの通り。ところが、“無罪” であるはずがないとの意見が、秋水支持者の中から出ている。彼は、間違いなく “革命” を希求していた。あの時代に何もせず手をこまねいていたとするのは、不当に彼を貶めるものである、とか。やれやれ。

“事件” から半年後の1911年1月、死刑判決──一審のみ、控訴を認めず。刑の執行は、判決のわずか数日後のことだった。徳富蘆花(近代日本人の肖像)は兄・蘇峰()を通じて時の首相・桂太郎()に減刑を願い出ていたが、相手が悪すぎる。桂は責任追及を逃れるため、半年後にはさっさと西園寺公望()に首相の座を譲っている。

冒頭はもちろん夢二(郷土美術館)の「宵待月」、刑執行の1年後に書かれている。リリカルな美人画で知られるが、秋水や堺利彦(コトバンク)らが論陣を張っていた「平民新聞」や「直言」などに風刺画も描いていた。“事件” の際にも数日、拘留されている。それを知れば、「来ぬ人」「出ぬ月」にこめられた想いも、また違って見えてくるだろうか。

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幸徳秋水=写真上=を死刑に処した検察は “戦争責任” を問われることもなく、その後100年ずっと生き残っている。

それなりに凛々しかった野党時代の民主党は、この国の官僚組織の腐敗が想像をはるかに超えていることを教えてくれた。過去も今も官僚の一組織だった検察だけが、清廉にして潔白だと恥ずかしげもなく主張するのは、ニュースワイドに出てくる “ヤメ検” くらいだろう。

永田町(いまだ自民党のことらしいが)の顔色をうかがいながら、都合のよい “ストーリー” をでっち上げては、まずは “リーク” 。それをマスゴミが全面的にバックアップして、世論をつくる。“風” が吹いたところで、それならと捜査を始める。

検察がリークするのは虚偽の事実だけ、ほんとうのことはリークなどしない──とは、三井環 元大阪高検公安部長の指摘。彼は、幹部の遊興費に充当されていた検察内部の組織的な裏金づくりを告発しようとして、直前に “微罪” で刺され、不当逮捕から拘留、免職に追い込まれた方だ(糾弾)。

そんな中で、「週刊朝日」が「本誌にリークされた“検察情報”」(2010年2月5日号)とのタイトルで、検察のリークをリークしたのだという(日々坦々)。そういえば、山口一臣編集長は足利事件発生当時の同誌の記事に改めて目を通して、逮捕前からの “犯罪者視” 報道に愕然としたと語っていた・・・まぁ、遅!

同誌では翌週も、上杉隆氏(ブログ)の「子ども“人質”に 女性秘書『恫喝』10時間」との記事で、編集長に東京地検から出頭要請!?との騒動があった(週刊朝日 談)。100年前と比較するつもりもないが、メディア・リテラシー(拙文)を意識しながら、今後の報道を見守りたい。

大逆事件は、明治末期の息苦しさを生きていた多くの文化人に衝撃をあたえた。秋水が獄中にあるころから彼に傾倒していく石川啄木もそのひとりだ。死刑執行の後にこんな言葉を遺して、翌1912年26歳で亡くなっている。つかの間の愉楽の時──大正まで、わずか数か月だった。

 はてしなき議論の後の
 冷めたるココアのひと匙を啜りて、
 そのうすにがき舌触りに、
 われは知る、テロリストの
 かなしき、かなしき心を。(「ココアのひと匙」)

・・・・・・・・・・・

これは今年の春先、「関心空間」=右欄参照=に2回にわたって投稿したものである。最近、ある方からこんなコメントをいただいた。

妙なる一致とでも言うのでしょうか? ここ何日、四月の旅人さんのこの『検察―百年河清(1)(2)』をずっと思い出していたのです。まさにジャストぴったしカンカン(笑)。着眼点の鋭さに脱帽していたのです。日本の『戦前』、が断絶せずに現在と連続している例が検察って、私は思ってきました。今回の記録改竄事件も、もっとさらに根の深い問題、歴史の連続性の問題、との感があります。お時間が許すなら、(3)を読みたい(笑)。

気をよくして(汗)、こちらに再度掲出させていただく。

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或る「小倉日記」。

以下は、8月の終わりから2週間あまりで3度往復することになった福岡・大分への移動の合間に、Twitter上でつぶやいたものを時系列でまとめたものである。脈絡もとりとめもないツイートを羅列するだけで、何か生まれるだろうか。

Takaosan

羽田第1ターミナルなう。八王子駅5:35発のリムジンは、ほぼ満席。ゆっくり朝食をとってこのバスに乗るために、2:30起床。夕刻のプレゼンのあと、小倉で酒席が待っている。
7:25 AM Sep 6th

リムジンの車内でふと視線を上げると、反対車線にエンジンルームから激しく炎を上げる小型トラック。少し距離をおいて、後続は大渋滞。パトカーも消防車も救急車も、それに巻き込まれて現場にたどり着けない。
7:30 AM Sep 6th

北九州空港なう。この時間帯に就航している737にはJクラスがないので、エコノミーに。3+3の6列シート。このサイズの機に乗るのは、バンクーバー→ビクトリア以来か。これからバスで小倉に向かう。
6 septembre 2010 10:22:11

小倉なう。空港からは、高速バスで30分ほど。北九州市屈指のターミナル駅だが、思いのほか静かなたたずまい。平日の昼下がり、アーケード街の人通りはまばらだ。旦過市場にほど近い、ビストロ風の店でさわらのムニエルをいただく。小鉢が4つついて550円・・・先ほど今夜の宿泊先にチェックイン。
6 septembre 2010 14:13:51

今宵は「リーガロイヤルホテル小倉」の「日本料理 なにわ」で、Moët & Chandonをいただきながら会席料理・・・嬉。食べきれなかった。 ごちそうさまでした。皆さま、楽しいひとときをありがとうございました。
6 septembre 2010 23:24:18

にちりんシーガイアなう。博多方面から来た列車は、小倉で進行方向が逆になる。最後尾でシートを思う存分倒して寛いでいると、ここからいきなり最前列。ご注意を。※要座席の回転。大分到着は10:00過ぎの予定。台風が近づいている
7 septembre 2010 08:49:04

大分駅なう。午前中は薄曇り、ときどき陽がさす。市役所で大学時代の級友と四半世紀ぶりに再会。髪と体型が激変しない限り、オトコはそれほど変わらない。その後、彼が薦めてくれたスポットをロケハン。すべて回ったところで、雨が降り出した。台風が近づいている。
7 septembre 2010 13:50:17

大分空港16:05発JAL1792便は、定刻通りに離陸。路面は濡れていたが、薄日がさして風も穏やか。「台風といっしょに飛ぶごたる」。大分駅に向かうタクシーで、ドライバーにそう言われたが、どうやらそうではなかったらしい。京急の車内なう。
7 septembre 2010 18:10:59

まだ高速道路などなかった時代、大分市内から空港まで3度レンタカーで走ったことがある。なぜこんなに離れたところにつくったのか。別のタクシーの乗務員が小声で教えてくれた。「姫島出身の偉い先生が持ってっちょった」。建設大臣などを歴任した自民党衆議院議員にして、田中派初代会長のあの人だ。
7 septembre 2010 18:35:07

Chobo_2

先週にひき続き、八王子駅北口13番バス乗場なう。天候のせいか、空はまだ暗い。この時間帯は乗務の切替え時刻で、タクシーの台数が少ない。4社目でやっと、リムジンの発車時刻に間に合うクルマを見つける。乗り込むとモニタに私の名前が表示されていて、ちょっと驚く。
13 septembre 2010 05:35:59

半月あまりで3度目の福岡。東京で「ごまさば」といえば鯖の種類をさすが、博多の居酒屋でこれをオーダーすると、生の(酢でしめていない)鯖の刺身に胡麻がかけられて、小鉢で出てくる。薬味はわさび。所変れば・・・と納得していたら、小倉の旦過市場の店頭にこちらでいうごまさばが並んでいた。
13 septembre 2010 06:09:21

数人の搭乗が遅れたせいかどうか、滑走路は大渋滞。出発予定時刻を30分ほど過ぎて離陸。後続に、少なくとも6機の順番待ちの列。先週利用した小倉駅行き高速バスにはとても間に合わないと思ったが、待っていてくれた・・・嬉。離陸前、機内で携帯電話で会話する男性。非常識もはなはだしい。
13 septembre 2010 10:39:16

再びにちりんシーガイアなう。急遽、大分で撮影となった。そのため、JAL特便割引の北九州発便をキャンセル。どうなる? 3400円あまりのキャンセル料が発生しただけだった。国内線案内ダイヤルに連絡したのだが、もちろんここで便の予約・支払い・座席指定も受け付けてくれる。出先では助かる。
14 septembre 2010 09:29:54

今回の宿泊先はフロントでカードキーを受け取ったら、支払いは自動精算機で。チェックアウトは、キーを返却口へ入れるだけ。手軽だ。大浴場・サウナ完備とあるが、1泊程度のビジネスの旅では微妙。朝食は1Fのつぼ八で。きわめて質素。連泊の方はつらいだろう。こちらを充実させたほうがよい。
14 septembre 2010 10:09:30

と、書き込んでいる間に大分駅着。夏の陽ざしがまぶしい。昨日、突然の依頼に応えてくれた福岡のカメラマンから、さきほど出がけにクルマが故障して遅れるとの連絡あり。初対面、前途多難か?
14 septembre 2010 10:16:52

大分空港なう。ようやくランチタイム。といっても、BLUE SKYのミックスサンド...470円(涙)。私の体力以上に、iPhoneのバッテリーが東京まで持ちそうもない。
14 septembre 2010 15:43:29

Family

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“奇兵隊” 政権 新首相記者会見

地上波は意図的に会見を編集しているだろうから
記者会見は、YouTubeでノーカットで視聴する

とはいえ、さすがにそんなに長い時間モニタを
視つづけているわけには、皆さんもいかないだろうから
その場から発信されたTweetsなど参考にしてみる。

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※まずは、上杉氏

菅首相、「お遍路」について自ら言及。菅「53番札所まで来ているお遍路を続けたい心境でありますけど…」 誰も止めていません、と菅さんに教えてあげてみる。

菅総理会見始まる。持論の最小不幸社会を冒頭述べる。バブル以降、政治の失敗によってチャンスを逃してきた。経済成長、財政再建、社会保障の充実の3つを強調。増税を匂わせ、国際の増発を牽制した。

菅「官房長官を軸とした一体化した内閣作りを目指す。仙谷さんは長い付き合いだけど、煙たい潜在でもある。そうした力のある人を官房長官に据えることが最初の一歩」

TBS記者質問。参院選の目標勝敗ラインを尋ねる。・・・。愚問。時間の無駄。消えてしまえ、と心の中で静かに叫んだ上でつぶやいてみる。

質問した。会見のオープン化。菅「オープンにすることはいいことだが、開けばいいというものではない。報道官という制度もありますが、かつてのドゴール大統領のようにあまり開いていなかった例もある。きちんと説明すべき時は説明する。正式就任してからスタッフと考える」 ドゴール並みの首相誕生。

政府会見の開放が遠のいたなう。官房長官会見も遠のいたなう。機密費解明も遠のいたなう。菅首相は財務相時代、一度も正式な会見を開かなったなぁ、と回想しながら「所属・氏名」を言い忘れたことも思い出した私。官邸報道室のみなさん、ごめんなさい。

@iwakamiyasumi(筆者注 岩上安身)さんの質問。マスコミに渡った官房機密費について。佐藤優さんは江田憲司元首相秘書官からお金を受け取ったと私(岩上)に証言した。これこそ「報道とカネ」の問題。ごまかさないでお答えください。爆弾投下。菅「機密費…ごにゃごにゃごにゃ」

※ここから岩上氏のTweets。

幹事社の質問に答えて、官房長官を中心に一体性を強調。自分に意見できる煙たい存在の仙谷氏を持ち上げる。上杉氏の、会見のオープン化についての質問については、明らかに逃げた回答。

経済成長と財政バランスについて、 これ以上借金を増やさない、税構造の改革でまかなう。どう言っても、国債発行、財政出動を抑制すると。

畠山さんが、会見参加を断られている寺澤さんについて。総理、明らかに顔色が曇る。ごにゃごにゃとしたどっちつかずの回答。

最後に、私の質問。聞きたいことは山ほどあるが、先ほどの上杉氏の質問に答えていないのは、見過ごせない。官房機密費の質問に、その場で決めて質問する。ネットで見ていた人であれば、誰もが気づいただろう。おろおろとうろたえる菅総理の表情を。明石中佐の話と言論買収に何の関係が。

自分が当たる前、フジテレビの和田さんが質問。この内閣で参院選後も改造せずにゆくのか。総理は質問にまともには答えず、はぐらかし。はぐらかしている菅直人など見たくなかった。実に似合わない。格好悪い。

その後の情報が入る。官房機密費についての私の質問は、官邸に相当な衝撃をもたらしたらしい。官邸内で開かれる会見で、あそこまで具体的な機密費による言論の買収についての情報をぶつけられ、質問されたことは前代未聞だからだ、と。

しどろもどろになった菅総理はもちろん、仙谷官房長官も、官房副長官も、官房機密費スキャンダルについて、よくわかっていなくて(あるいは、突きつけられたことがなくて)、かなりのショックを受けたという。一番ショックなのは、官邸の官僚達。何しろ当事者だから。

菅総理からこの問題を託された仙谷官房長官は、会見のあと、事務方に機密費問題を調べるよう指示。機密費問題は、公開に向かって進む可能性がわずかながら出てきた。しかし、その一方で、会見の開放は後退する可能性が。

官邸の記者クラブ、内閣記者会は、新政権の打診に対して、記者会見のオープン化を拒否。それどころか、鳩山政権以前の、すべて閉じられていた時代にまで戻そうとしているらしい。新聞を中心とした記者クラブこそ、本物の「抵抗勢力」

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 おもしろき こともなき世を おもしろく
 すみなすものは 心なりけり   高杉晋作

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雁屋哲、日本国民を叱る──「一体、誰が鳩山由紀夫氏をあざけることが出来るのか」

“51番目の州” の戦後65年間が、きわめてわかりやすくまとめられている。「敵は鳩山由紀夫氏ではない」。ぜひ、ご一読を──。

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鳩山首相が沖縄県知事に面会して、普天間基地移転問題について、「辺野古周辺にお願いするしかなく、県外に移転すると言う公約を守れなかったことをお詫びする」と言った。

鳩山由紀夫氏の今回の基地問題についての敗北宣言である。

「ほら、鳩山は出来なかった」と、新聞・テレビははやし立て、沖縄の人びとは「鳩山は裏切った」とか「鳩山は嘘をついた」などと言って怒っている。

私は、鳩山由紀夫氏を支持する者ではないが、これまでの経過を冷静に見ると、当然の帰結だと思う。鳩山由紀夫氏は、公約を守ることが出来なかったのは事実だが、一体今の鳩山由紀夫氏のような立場におかれて公約を守ることの出来る政治家がいるだろうか。

鳩山由紀夫氏が公約を守ることが出来なかったのは、氏個人だけの責任ではない。我々日本人全体の責任だ。(戦後の「一億層=ママ=懺悔」の真似をしようと言うのではない)

私の考えをまとめよう。

1.鳩山由紀夫氏はアメリカに負けた。

2.基地問題に於いて、日本人が戦うべき相手はアメリカである。アメリカと戦おうとしている鳩山由紀夫氏の足を掬い背中から攻撃をする。日本人は、自分たちの敵を間違えている。敵は鳩山由紀夫氏ではない。アメリカだ。鳩山由紀夫氏が戦後の日本の首相として初めてアメリカと戦おうとしているのに、日本人は一致協力するどころか、鳩山氏の足を引っ張った。
 
3.日本人は、アメリカの基地問題に本気で取り組む気概を失っている。沖縄県人の苦しみを、他県の人間は自分の物とせず、他人事のように思っている。

>> 以下「雁屋哲の美味しんぼ日記」(写真も)

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«自ら投票したにも関わらず、国民(沖縄県民の皆さまをのぞく)がわずか数か月で見放した民主党が参院選で負けないための、二度と自民党政権(と、その周囲でいい加減なことを言い放つみんなとか立ちあがれとか・・・ま、あとはいいか)にだけは戻ってほしくないと願う、心ある一国民の次期首相“腹案”(嗤)。