深夜の北陸路、少女の夢をつないだ9時間のドラマ。

Photoちょっとイイ話を聞いたので、皆さんにもお知らせしようと思う。

それは石川県の日本航空高等学校を志望する、埼玉県の女子中学生の物語。前日から母親とともに、列車で受験会場へと向かっていた。ところが大雪のため、乗り継ぎを予定していた列車が運休となる。深夜0時すぎの長岡、試験開始まであと9時間たらず・・・。

上の写真は同校・浅川正人副校長のブログからお借りした。


受験生、救われた 大雪で足止め、長岡―上越―輪島 トラックがリレー、夜通し9時間 埼玉の女子、入試間に合い合格

「最後まであきらめない」。航空高石川(輪島市)の推薦入試受験へ、埼玉県内から列車を乗り継いで同校へ向かう途中、大雪のため新潟県内で足止めされた中3女子が、ヒッチハイクしたトラック運転手の夜通しの運転に助けられ、間一髪で受験開始に間に合った。同校では22日までに「困難にめげず頑張った、ある受験生の話」として全校集会で紹介し、夢実現へ努力する生徒たちの胸を打った。

女子生徒は1月17日午前9時10分開始の試験に向け、前日から母親と夜行列車などを乗り継いで輪島市へ向かう予定だった。しかし、新潟県長岡市まで行ったところで、大雪による列車運休で足止めを余儀なくされた。17日午前0時過ぎ、2人は試験に間に合わないと判断し、列車を降りてヒッチハイクを決意。通りかかったトラックに上越市内まで送ってもらい、さらに同市の給油所に立ち寄った車に同乗を頼んで回った。

寒風の中、数台に断られながらも必死に石川方面に向かう車を探すと、山形県内の運送会社のトラック運転手が快諾してくれた。同乗は「金沢市まで」との約束だった。だが、運転手は同市に近づくと「よし、輪島まで行っちゃる」とハンドルを切り、進行方向を北に変えた。

試験開始の約10分前、2人は学校に到着、ぎりぎりではあるが、善意のリレーで間に合った。事前の電話連絡で「欠席」と踏んでいた教員が驚いて出迎えると、運転手は「うちの娘も受験生だから気持ちはよく分かる」と控えめに語り、名前や行き先なども告げずに立ち去ったという。

作文試験に臨んだ女子生徒は出題されたテーマを見て、目を丸くした。「私が感動したこと」。迷うことなく、女子生徒は直前まで起こった「感動」をありのまま書き記した。深夜に見ず知らずの親子を運んだ運転手の温かさ、「絶対にあきらめない」と懸命に車を探してくれた母を通して「人の優しさに感動した」とつづった。

女子生徒の作文に目を通した浅川正人副校長は「運転手の善意に感謝でいっぱい。簡単にあきらめない生徒も立派だった」と目を細めた。

女子生徒には21日、合格通知が届けられた。(「北國新聞」2010年1月22日

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歴代首相の年頭所感。

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《2006年 小泉首相》
 新年あけましておめでとうございます。

 「改革なくして成長なし」、この方針をかかげて、小泉内閣が誕生してから五回目の新年を迎えました。

 私は就任以来、わが国の再生と発展に向け、金融、税制、規制、歳出にわたる広範囲な構造改革を進めてまいりました。この結果、日本経済は、不良債権の処理目標を実現し、政府の財政出動に頼ることなく、民間主導の景気回復への道を歩み始めました。改革の芽が様々な分野で大きな木に育ちつつある現在、改革を止めてはなりません。

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前年の郵政選挙で300近い議席を獲得し、“わが世の春” を謳歌している。しかし、経済音痴ゆえ竹中平蔵氏に “丸投げ” して、現在の格差社会を用意したことはご存じの通り。

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《2007年 安倍首相》
 新年あけましておめでとうございます。

 昨年9月、戦後生まれ初の内閣総理大臣として就任し、活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、「美しい国、日本」の実現のため、未来は開かれているとの信念の下、たじろぐことなく、改革の炎を燃やし続けてまいりました。

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“KY” を流行語にした首相にふさわしく、このあともご自分の功績を並べつづける。夏の参院選で惨敗し、衆参本会議での所信表明のわずか2日後に「お腹が痛い」と辞任した。

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《2008年 福田首相》
 新年あけましておめでとうございます。

【日本の底力】
 「日本経済再建の成否は、一にかかって諸君の双肩にあるものであります。」

 ちょうど60年前、当時の片山総理大臣は、国民に向かってこう呼びかけました。戦争によってすべてが失われ、焼け跡の中からいかに立ち上がるかという困難な状況の中で、日本国民が持つ底力を信じるほかないという思いが、そこには込められていたのだと思います。

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「お友達内閣」と揶揄された前政権に対して、こちらは「お友達いない内閣」。「友達の友達がアルカイダ」の大臣もいた。「私は自分自身を客観的に見ることはできるんです」と辞任。

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《2009年 麻生首相》

新年あけましておめでとうございます。

 今年は、平成二十一年。今上陛下、御即位二十年であります。国民とともに、心からお祝い申し上げたいと存じます。

 この二十年間、日本は、平和と繁栄を続けてまいりました。バブル崩壊、金融危機など、いくつかの困難にも見舞われましたが、国民の力によって、見事に乗り越えてきました。

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解散総選挙の最後のチャンスだったが、この人も居座った。年明けの内閣支持率は、すでに10%台(産経ニュース)。漢字も空気も読めないことが明らかとなった。8月に “バカタロー解散”(拙文「ザ・選挙」)。

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さて、民主党・鳩山首相の年頭所感は──。

《2010年 鳩山首相》
 新年あけましておめでとうございます。

 寒さ厳しい中、みなさん、風邪など召されていませんでしょうか?
 受験生の皆さん、体調に気をつけて、ベストを出せるように努力してください。
 おじいさん、おばあさん、お正月にはお孫さんの顔を見られますか? もう電話で声を聞かれましたか?
 お正月も休みなく働かれている方々、一人暮らしの皆さん、それぞれの環境の中で、穏やかな新年をおむかえでしょうか。

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アカルイミライ。

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AFPによると、カナダで中国系移民が急増しているという。「バンクーバーの中国系住民は38万1500人。5人に1人が中国からの移民という計算になる」。この街には北米大陸で2番目に大きなチャイナタウンがある。ビジネスチャンスを求めてのことだろうと思いがちだが、最近では自国で財産を築いて “脱出する” ケースが多いらしい。

そんな彼らが驚くのが、メディアの報道姿勢。「中国ではプロパガンダや、成功したことのPRなどだけれど、ここでは大惨事や人権が報じられ、物事の悪い面を探し出そうとする」。「世界報道“不自由”ランキング」(拙文)で8位(2009年)の国だから、仕方ない。

「物事の悪い面を探し出そうとする」傾向は、米国や日本ではさらに高まる。それは、このふたつの国の人びとが “恐怖” によって動かされていることと無縁ではない。「...しないと大変なことになりますよ」。政府もメディアも広告も、脅しつづける。しっかりとした教育をせず、不健康で自信を失っている人間は統治する側にとって好都合だ。「民」という字は、目に針を刺した様を表わしている。

それにしても、暗いニュースが多い。景気は “気” だ。そんな話題ばかりでは、もり上がるはずもない。

現政権に対する論調もそうだ。別に民主党を支持しているわけではない。メディアの重要な役割のひとつが “権力の監視” であることに、疑義をはさむつもりもない。それでも “悪い面” に重心が置かれすぎている気がする。

たとえば、あのバトル。くり返し放映された国立女性教育会館神田道子理事長と蓮舫議員とのやりとりは、理事長の「私の話も聞いてください。一方的にただ質問に答えろというのは心外です」との言葉で終わる。たたみ掛けられる質問は横暴と映り、不快に感じた方も少なくないだろう。

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しかし、“私の話” にあたる各事業の説明は、冒頭5〜7分かけて各省庁の担当者が行っている。ここは仕分け人の質問を受ける時間なのだ。理事長の発言のあと、この点を統括役の枝野幸男議員が指摘しているのだが、カットせずここまで放映したケースはほぼ皆無だった。

仕分けの目的は、ムダを省くことではなかった。各事業のプライオリティと、ホントに国でやらんといかんの?を判断する場だった。そもそも、私たちはこれまでこんなシーンを見たことはなかった。従来なら、このあとの予算委員会は “鳩山お小遣い” 及び “小沢助成金” 問題で紛糾して、肝心の予算は霞が関の “仕分け” のまま国会を通過していく。

メディアについては、思い当たることがある。半世紀にわたって、政治部の “花形” 記者は自民党担当──首相や派閥の領袖、党三役 “番” だったはずだ。ところが、一夜して野党担当。異動もあったろうが、いかんせんコネがない。どうする?

政権自体にも問題は多い。しかし、タレントの薬物汚染や凄惨な事件・事故などのゲリラ豪雨のごとき詳細報道も含め、メディアもまた景気回復を遅らせている戦犯のひとりであると言ってかまわないだろう。

冬季五輪が1か月後に迫ったバンクーバーの「バンクーバー経済新聞」で、昨年の年間PV第1位は浅田真央選手など五輪関連の記事を押さえて、「ばくだん焼き」屋台。ばくだん焼きとは大型のたこ焼きのことらしいが、リッチモンドに日本人がオープンした屋台が口コミで人気を集めているというニュースだった。

五輪観戦のついでに立ち寄られた方は、ぜひレポートを。長期滞在される場合は、バンクーバーのダウンタウンに「みんなのコンビニ屋」(拙文)というCVSもある。日本食がそろっていて、日本語も通じる。

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パーティ、パーティ、パーティ。 Part II

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20日のパーティの写真もアップしておこう。午後2時、カヴァで乾杯。それぞれにもち寄ったXmasプレゼントを交換して、最後まで大いにもり上がった。

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ロックフェラーセンターのツリーはもうとっくに撤去されてしまったろうが、2009年の最後の日にこんな曲はいかがだろう。これは彼が小学6年生のときの作品。それでは皆さま、よいお年を──。

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パーティ、パーティ、パーティ。 Part I

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年の瀬、聞こえてくるのは景気の悪い話ばかり。せめてわが身のまわりくらいは明るく、もり上がって行こぉ! と、パーティを開く。

20日はひと足早いXmasパーティ、20代前半から50歳までという多様な世代の男女8人が集った。ただし、奇しくも私と同学年が4人。ここでも高齢化は否めない(笑)。このうち父娘で参加していただいたおふたりは、お嬢さんの運転するクルマで。アクセスが悪くて申し訳ない。

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「父に飲ませてあげてください」

空いたボトルがダースに達しようかという宴の中で、ご自分はずっとお茶を飲んでいた。彼女は来春、ワーホリでカナダに旅立つ。そこで、留学経験のある妻とカナダ以来の友人(20代後半)から話を聞いてもらう、というのも今回のパーティの主旨のひとつだった。

Bon Voyage!

29日には、弟夫妻を招いた。弟とじっくり話をするなど、初めてかもしれない。真面目で堅実な彼とは正反対の性格だと思っていたが、好みなどよく似ていて、今さらながら驚いた。

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写真は、カナダと英国から届いたパーティ風景。冒頭は妻の留学時のホストファミリーで、さきほどの彼女もここでお世話になることになった。日本食好きで、息子たちは蕎麦も打つ。広いベースメントには、日本映画のポスターや「キネマ旬報」のバックナンバーなど。日本文化のコレクションはひと通りでない。

下は29日、4人分なのでちょっと質素なパーティメニュー。これにトマトムースと、バジルソースのペンネ。

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