ZOOQ、La Planète des singes.

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熊襲、アイヌモシリ、尚王国──
ヤマトの猿真似?
サルほどの、スキルも持たずに。
わずか数10年で、数100年遅れ
4000年の歴史を、捨てた大陸。

ここに “正義” はあれど公平などない。

でも、島のほうでは
“公平” にはこだわらない。
高千穂には、よだれを垂らすサル。
伝えるのは、
マリオネットをサルが操る報道番組。

波斯の大統領選の事前データを確認もせず。
すでにバイオハザードIVを予感させる
醜いサルを待つ、クニを統べるムラの住民。

きちんと社会をつくると聞いた
猿の皆さまには申し訳ない。
しばらくお待ちください。
あと何度か首相交代すると・・・
2009、Planet of the Apes。


写真はcyclingpeaceからお借りしました。
もちろん、ウイグル族のおかあさんとお子さんです。

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世がマイケル一色のあいだに・・・。

世がマイケル一色になっている間に、こっそり清志郎さんのことを書いておこう。

5月2日、立川署で国際免許を取得した帰り道──。モノレールの窓から日野高校が見えた。彼の話をした。翌3日、妻は入院しているバンド仲間を見舞う。国立駅からバスに乗ると途中、たまらん坂を通る。バス停の名はもちろん「多摩蘭坂」。でも、このとき彼はもういない。

「日本を代表するロックシンガー」(朝日)「ロックの神様」(時事)「社会派の論客としても活躍」(日刊スポーツ)、さっぱり届かない言葉たち。ダブルミーニングは差別される側、拒否される側のもの。そして差別し、拒否したのはあなた方。タイマーズはタイガースではなく大麻〜ズだし、今さら「とってもいい人」なんてぬかすなら生放送でやってやるぜ!

南仏にいて行けなかった告別式、TOKYO FMが生中継したって。奇しくも。「ボス、キング、ゴッド! 僕はみんなに自慢したいです。僕は忌野清志郎と友だちだったんだぜって。世界中の人に自慢したいです」。竹中直人さんの弔辞。いいなぁ。最後は「Oh! RADIO」。遺作になった。

Oh_radio

おしまいって言われても・・・帰れなかったろうな。そう、「帰れない二人」も清志郎さんの曲で、ぼくの持ち歌だ(汗)。地味変、いまだ更新中。11日(土)代々木公園、午後5時。「SONGS 忌野清志郎ライブ完全版」のパブリックビューイング。入場無料。


あの夜のTimers : Long Version

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Apple Triple Trouble.

G4_cubeの前後、自宅のアップル社製品が次つぎにダウンした。

最初はG4 Cube。突然Air Macにつながらなくなった。メインで使っていたわけではないので、あわてはしない。いろいろ試みてはいるが、今のところ “圏外孤独” 。データの読み書きには、USBメモリを利用している。

ひどいのは、遅くなったG4 Cubeの代わりにデスクトップ用に購入したMac mini。再起動したら突然「?」マークが出て、ハードディスク自体が消えてしまった。これまでの旅の写真など、バックアップをとろうとしていた矢先だった・・・涙。仕方なく、数年ぶりにサポートセンターに連絡する。しかし「やり方はいろいろあるけど、教えてほしいならおカネを払って」という。冷たくなったものだ。

OK! 自力でやってみるよ。わが家なら、ほかに3台動く(笑)Macがあるからまだいい。Macユーザーになったばかりで、しかもネットにつながらないという人は、ネット上を検索すれば簡単に解決法が見つかるケースでさえ費用が発生するということか。やれやれ。

Mac_miniネットで得られたあらゆる方法を試してみたが、やはりハードが逝ってしまったらしい。これでは、単なる白い空箱だ。アップルに修理を依頼すると、初期化してからの作業となる。救えるファイルは残してほしいので、正規のサービスプロバイダにお願いすることにした。

最後は、iPhone 3G。3.0にバージョンアップしたら、緊急電話しかつながらなくなった。こちらは再起動→リセット→リカバリとくり返したところで、何とか修復できた・・・と思ったら、「Wi-Fiがない」? 

うんざりしながらサポートセンターに電話すると、「お取り替え」ということになった。アップルショップかSoftBankのショップに来いというので、迷わず近所にある後者に。週末のせいもあったかもしれないが、確認に1時間以上──やっと、交換してもらえた。

iPhoneで今後同じようなトラブルに見舞われた方(というより、自分自身)のために、再起動・リセット・リカバリの方法を書いておこう。まずは、こまめにiTuneにつないでバックアップをとっておくこと。

Iphone☆再起動
右上の「電源ボタン」を押しつづけて、モニタに「電源オフ」が出たらスライド。再び「電源ボタン」を押して起動。実は、交換してもらってからもスリープから復帰すると、時おり「ネットワークがない」=電話がかけられない、という状態になる。再起動すると解決する。

☆リセット
右上の「電源ボタン」とモニタ下のホームボタン(□)を同時に押し、モニタに「電源オフ」の表示が出てもそのままにしていると、“再起動” する。

☆リカバリ
iPhoneの電源を一度切って、ホームボタン押しながらMacにUSB接続する。iTuneが起動したら画面の指示にしたがって復元する。20分程度はかかる。「接続を解除できる」とのメッセージが出るまでは、間違ってもUSBを抜かないように。これで解決しない場合は、サポートセンターに連絡するか、購入したショップに持っていったほうがよい。

iBook G4でこれを書いているのだが、動きが悪くなったりするとドキドキする・・・笑、ごとではないか。

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再びアルルへ、そこにゴッホの跳ね橋があるから。

南仏プロヴァンスと英コッツウォルズをめぐる14日間の旅(5)

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旅も5日目、朝食後にホテルのランドリーで洗濯。明日は南仏でのメインイベントが待っている。そこで今日はゆっくり、先日のアルルへの旅で回りきれなかった名高い橋だけをめざす。

アヴィニョン・サントル駅午前11時49分発のTERに乗ろうとしたら、窓口で今日に限ってアルルには停まらないのだと言われる。トーマスクック ヨーロッパ鉄道時刻表」「を示すが、「わかっている」と一蹴された。・・・? 往復乗車券は購入できたものの、往きはバスで行けと──午後0時15分発で、アルル駅前に1時20分に着く。TERなら20分たらずなのだが。

バス・ターミナルもまた不思議な空間だった。教えられなければ決して足を踏み入れたくないような入口を入ると、暗闇の中に20数レーンの発着場所がひしめいていた。闇に浮かぶモニタで、19番レーン発であることを確認する。初めての旅先では、驚きと緊張の連続である(笑)。

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▲▼アヴィニョン・サントル駅の
バス・ターミナル

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アヴィニョンからのバスも
ここに到着する

それでも、バスの車窓の風景は楽しめた。列車よりさらに身近に、南仏の自然と街並みが広がる。

アルル駅から市街を抜けて、夏の庭園のそばにあるバス・ターミナルへ。インフォメーションで1番のBarriol行きに乗り、終点で降りるように教えられる。1時間に2〜3本運行されている。めざす跳ね橋は、そこからさらに歩いて20分ほどのところ。

登山家ジョージ・マロリーの「Because it is there.」という言葉はよく知られている。これを「そこに山があるから」としてはいけない。質問は「Why do you climb Mt. Everest?」。「it」は、明確にエベレストを指している。正しくは「そこにエベレストがあるから」。

本日の私の「it」は「Pont Van-Gogh」・・・汗。

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バスを待つのに便利な、ターミナルに隣接する
ジェラテリア・カフェ「GRACES MAISON」

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Barriol行きバスの終点Lou Seden
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このサインが見えたら左折

アルルの田園風景の中を歩いていると、左手にあの!跳ね橋が見えてくる。1888年、季節も同じ5月にゴッホが描いた橋は、第2次大戦で破壊され現存していない。写真の橋は観光地ならではのレプリカに過ぎないが、それでも、彼をその日とらえたろう情感をいく分は伝えている気がする。

気のせいか──。

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セザンヌの山に逢いに行く。

南仏プロヴァンスと英コッツウォルズをめぐる14日間の旅(4)

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ロトンド噴水

マルセイユ・サン・シャルル駅から在来線で北へ向かうと、エクサン・プロヴァンス(以下エクス)駅の手前で突然、窓いっぱいにサント・ヴィクトワール山が現れる。

アヴィニョンからエクスへは、TGVを利用すれば20分ほど。ただし、エクスTGV駅は市街から10km以上も離れている。しかも、山とは出逢えない。やはりマルセイユ経由で2時間、南仏のどこか寂寥とした景色を眺めながら、ゆっくりと旅を楽しみたい。セザンヌが幼いころから目にしていたこの山を30代後半になって、モチーフとして再発見したのも車窓からだったといわれている。

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マルセイユ ベルジュ埠頭
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マルセイユ・サン・シャルル駅
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エクサン・プロヴァンス駅

まずは、彼の作品を所蔵しているグラネ美術館をめざす。

街はロトンド噴水を起点に東西に伸びるメイン・ストリート──ミラボー通りをはさんで、北側が観光客でにぎわう旧市街。南にはルイ14世の時代に整備された貴族の邸宅街、閑静なたたずまいのマザラン地区が広がる。美術館はこちら側。セザンヌの生家もある。

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ミラボー通り
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▲▼アンティーク市
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レ・ドゥー・ギャルソン

エクスの名は、古代ローマの執政官セクスティウスがこの地に冠した「アクアエ・セクスティアエ」(セクスティウスの水──の意)から転じたとされる。その名の通り、いたるところ意匠を凝らした噴水が設えられている。

入口で「日本人か?」とたずねられる。「そうだ」と答えると、入館料が無料になった。・・・? セザンヌより60年ほど早くエクスに生まれた、フランソワ・マリウス・グラネの遺贈作品をもとに開館された美術館だ。ところが、19〜20世紀の作品を展示しているフロアはクローズしていた。それでか・・・涙。

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舗道に埋込まれたセザンヌゆかりの
スポットへと導くエンブレムプレート

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セザンヌの生家
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サン・ジャン・ド・マルト教会
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グラネ美術館

気をとり直して、セザンヌのアトリエをめざす。

旧市街の北端からほぼ一直線に伸びる “セザンヌ通り” を、ひたすら登りつづける。20分あまりでアトリエの前にたどり着く。ほとんど人と出逢うことのない通りとは裏腹に、敷地内は観光客であふれていた。急坂にも関わらず、ご高齢の方の姿が目立つ。

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▲▼▼セザンヌのアトリエ
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レ・ローヴ
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レ・ローヴの向かいにある
セザンヌの名を冠した老人施設

サント・ヴィクトワール山を望むにはさらにこの上10分ほどのところ、レ・ローヴの丘に登らなければならない。気をとり直すどころか、気合いを入れ直さなければ──。

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市庁舎広場

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□最期の10年間だけでも100点以上の作品に描いた。

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サント・ヴィクトワール山は南仏ブーシュ・デュ・ローヌ県と隣接するヴァール県にかけ、18kmにわたって連なる丘陵である。最も高いところで1011m。ごつごつとしたライムストーンの山肌は、手前に広がるプロヴァンスの緑あふれる風景とは好対照を見せる。

セザンヌがこの山を最初に描いたのは1870年、『サント・ヴィクトワール山と切り通し』だとされている。彼はこのとき31歳。だが、晩年の10年間だけでも100点以上の作品に描いたという、最も愛されたモチーフのひとつはここではまだ構図の中心にすらない。

上にも書いたように、ブーシュ・デュ・ローヌ県の県都エクスに生まれたセザンヌが、ずっと目にしてきたこの山を画題として意識したのは30代も後半になってから。たまたま列車の窓から見たときのことだった。

パリ生まれ、エクス育ちの作家ゾラとは幼いころからの親友で、のちに “絶交” 。1902年、ゾラがドレフュス事件の渦中で突然死去したのと前後して描かれた『レ・ローヴから見たサント・ヴィクトワール山』には、どうしても彼のこのときの心情が重なる。生来の気難しさから友人と呼べる人間をほとんど持たなかった彼ゆえに、ゾラの死はとり返しがつかない。

セザンヌが最晩年に好んだレ・ローヴからのアングルは、“セザンヌ通り” にある彼のアトリエからさらに10分ほど登った左手の丘の上。作品のパネルなども展示され、美しく整備されている。ふり返ると、のちのキュビスムを用意した代表作に描かれているサント・ヴィクトワール山が、そこにそのまま現れる。

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1885-87年頃 66.8×92.3cm
コートールド・ギャラリー

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□若きセザンヌが友人たちと夕食前の3時間を過ごした。

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エクスのクール・ミラボー(Cours Mirabeau ミラボー通り)は、ヨーロッパで最も美しい通りだとされている。プラタナスの並木がつくる木陰では、この日アンティーク市が開かれていた。

起点となるド・ゴール将軍広場には3体の白亜の彫像が睥睨するように立つ、ひときわ大きなロトンド噴水がある。この噴水から数えて3つ目の噴水の先、左手にカフェ「レ・ドゥー・ギャルソン」はある。

創業1792年、当時のままのインテリアが見事だ。サー・ウィンストン・チャーチル、パブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、アンドレ・マルロー、エディット・ピアフ、ジャン=ポール・ベルモンド、アラン・ドロン──数多くの著名人がここに集った。若きポール・セザンヌはエミール・ゾラらリセの友人たちと、夕食前の3時間をここで過ごしたという。

現在のホスピタリティは・・・「カフェ・ヴァン・ゴッホ」と比較すれば、ずっと洗練されている。レ・ローヴからの帰り道、ビール(ハイネケン 400㎖)とグラスワイン(白)でひと息つくのもよい。いずれも5ユーロ。

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