オランダ鉄道の謎。
昨日の重苦しいくもり空から一転、本日は快晴。いよいよフェルメールの故郷デルフトへ。
デン・ハーグの名は、国際司法裁判所や国際刑事裁判所など国連機関があることで以前から知っていた。オランダという国名の由来となった南ホランド州の州都。人口ではアムステルダム、ロッテルダムに次ぐ国内第三の都市である。
市内にはオランダ鉄道の駅が2つある。宿泊先のホテルに隣接したデン・ハーグ中央駅(Den Haag Centraal)と、歩いて15分ほどのところにあるデン・ハーグHS駅(Den Haag HS)だ。デルフトには、HS駅を利用するとダイレクトにたどり着ける。
切符は自動販売機で。駅窓口やキオスク、車内でも購入できるが、手数料がかかって割高になる。
ところが、この自動販売機──紙幣はまず、硬貨さえほとんど使用停止となっている。クレジットカードも、スキポール空港以外では使えなかった。モニタには地元の方は持っているのだろうカードが3点表示されているが、もちろん観光客には関係がない。仕方なく、売店でミネラルウォーターでも買って小銭を調達し、硬貨が使える販売機を探さざるをえない。
オランダ鉄道には、日本では考えられない対応でこのあとも悩まされる。
□デン・ハーグHS駅からIntercityで7分──。
デルフトはヨハネス・フェルメール生誕の地として知られる。1660~61年に描かれた『デルフトの眺望』はプルーストが“この世で最も美しい絵画”と評したという作品だが、300年以上を経た現在もその面影を伝える街並みがつづいている。
彼は生涯のほとんどを、ロッテルダムとデン・ハーグという2つの大都市にはさまれたこの街で過ごす。街の中心マルクト広場の新教会で洗礼を受け、向かいに建つ市庁舎の裏側にある旧教会に眠る。
父親が経営する旅館と所属していたギルドの双方に出入りしていた芸術家たちから、幼いフェルメールはさまざまな影響を受けたことだろう。
ギルドの跡地に昨春オープンしたばかりの「フェルメールセンター」は、残念ながら現在は閉館。5か月たらずで破産し、存続をもとめる新財団が設立されたという報道もあるようだが、残念ながらオランダ語で詳細はわからない。
デルフトブルーで名高い「デルフト焼」も、フェルメールと同時代に発展した。どのショップにも並んでいるスーベニア品は、私には響かなかったが・・・。
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