正しいことを言うときは──。
11月22日は「いい夫婦の日」なのだという。
午前中は再び、妻のピアノの不具合の調整。午後は、妻の友人をお招きしてのホームパーティ。鶏ハム以外の料理は妻に任せて、私はひたすらスパークリングワインを飲みつつ、食器洗いと後片付けを担当する。
若いころから議論好きだった。30代も半ばを過ぎて、あるクライアントの部長より酒席の嗜みとして「政治」「宗教」「スポーツ」を話題にしてはいけないと教えられた。どれほど言葉を重ねようと、最後は好みの問題だからだ。
詩人・吉野弘さんの『祝婚歌』に、こんな一節がある。
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
肝に銘じておきたい。
パーティは6人で9皿の料理と缶ビール多数、スパークリングワイン5本、赤ワイン3本、白ワイン1本、芋焼酎をほぼ飲みつくして深夜0時過ぎに終了。お客様のひとりが持参したヴァイオリンと妻のピアノ、私のギターを思い思いに手にしながら、ライヴとレッスンを楽しむ。(ご近所の皆さま、お騒がせして申し訳ありませんでした・・・汗)。
今朝はお泊まりいただいたおふたりに、鶏ハムのゆで汁をベースにしたわが家のオリジナル“アジアの朝食”風鶏雑炊を振舞う。付合せは、京漬物の老舗・近為の「柚こぼし」と「しばづけ」。昨日いただいたものだ。女性2人はデザートに、こちらも手土産──東京ばな奈の「バウム・ブリュレ」まで。皆さま、お疲れさまでした。
言葉はいつか伝承になる──『祝婚歌』。
上で紹介した吉野弘さんの『祝婚歌』は、出席できない姪の結婚式のために書かれたものだ。
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
吉野さんはこのとき、現在の私とほぼ同年齢。若いふたりに贈る言葉であると同時に、そこには妻への感謝と自らへのメッセージが込められている。披露宴のスピーチにも、しばしば引用される。それについては、こんな意味のことを語られている。
──民謡は作詞者や作曲者がわからなくとも、歌い継がれていく。私の名などなくとも作品が語られるという意味では、知らぬうちに“民謡”をひとつ書いたのだろうと思う。民謡は、著作権料がいらない。作者が不明だから。だから、この作品も自由に使っていただいて構わない。
この年齢になると、過去をふり返るときしばしば懐古趣味に陥りがちだ。ときにはこれまでの自分をしっかりと見つめ直すことで、家族や友人たちへの感謝の思いとともに“とどく言葉”を紡げれば、と思っている。
彼女は夕陽を見ているだろうか──『夕焼け』。
吉野さんの作品で最も有名なものは『夕焼け』だろうと思う。そのとき──見当もつかないほど昔、“ほんのついで”のように私の目の前に現れた。まだ幾分、自分の周りを地球が回る(汗)ような幼い精神が、はっとしたことを覚えている。
いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが座った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は座った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は座った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッっと噛んで
身体をこわばらせて──。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行っただろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
横浜線での光景を日記に書いたときは全く意識していなかったが、どこかにこの詩の記憶が残っていたのかもしれない。写真は「日本で最も美しい村」のひとつ北海道標津町の夕陽である。
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