泣いて泣いて。
妻と私の共通の知人が亡くなった。49歳──私と同い年だ。
妻にとっては以前の勤務先で12年半、仕事を一から教えていただいた恩人だった。私のほうは、帰りがけに妻と待ち合わせた居酒屋でときどき同席させていただいた。声の優しい人だった。
そして、私よりひと回りもふた回りも器の大きい人だった。妻は、つまらぬ話に聞く耳持たぬ私ではなく、彼に愚痴や相談事を聞いてもらっていた。だから、通夜では親族以上に号泣した。
それは、半島や大陸によくいる職業的な“哭き女”か、ほとんど“愛人”の風情だった(笑)。勤務先の社長が亡くなったときにも同じように大泣きして、今も仲のよい当時の同僚から今回はダメ出しをいただいていたのだが・・・。
ひとを評価するとき、できないことのほうをあげつらってしまうことがある。身近な人間ほど、そうなりがちな気がする。だからこそ、できること、よいところを見るべきだと思う。号泣している彼女を見ながら、いい妻を持ったと思った。──と書いたら、関心空間は“ドン引き”だろうか。
昨夜(2008年11月28日)は通夜のあと帰宅途中で一軒寄って、自宅でもさらに自主通夜。朝はさすがに調子が悪かった。告別式にも列席させていただいた妻は、親族の皆さんにこわれて火葬場までご一緒させてもらう。今宵もまた、ふたりで弔い酒──。
1998年からの10年間、全国で廃校となった公立小学校・中学校・高校は合計で3,659校。ここ5年間は、毎年400校以上が姿を消している。
児童・生徒数の減少は過疎化にともなうものと思いがちだが、廃校数が北海道に次いで全国2位の東京(1992年〜2001年のデータに基づく)や阪神エリアでは高齢化や都市化によって廃校になるケースが大半を占めている。
文部科学省は、地域の共有財産として廃校後の施設の有効活用をはかるため、「廃校リニューアル50選」を選定している。そのひとつ、94年に廃校となった大分県上津江村立川原小学校は現在、大きな三角屋根のシルエットが目印の道の駅「せせらぎ郷かみつえ」に生まれ変わっている。
上津江村自体も05年に、日韓共催FIFAワールドカップの際にカメルーン代表のキャンプ地に選ばれて全国にその名を知られることとなった中津江村とともに日田市に吸収合併され、地図からその名が消えてしまった。
その日田市で昨年、創立133年の歴史をもつ小学校が廃校となった──花月小学校。閉校式で、生徒全員が歌ったのが奥華子さんの「笑って笑って」だった。
物語は、すでにその前年に始まっていた。NHK『みんなのうた』で彼女の曲を聴いた日田市民のおひとりが熱烈なラヴコールを送ったのがきっかけで、06年秋に市内でライヴを行なう。レストランでのライヴをたまたま花月小学校の先生が聴いていて、「笑って前向きに歩き出してほしい」との想いから閉校式で歌うことを提案したのだ。
07年9月、奥さんは再び日田を訪れ、ソロコンサートを開く。「笑って笑って」では、元花月小学校の生徒たちもステージに上がり、感動の大合唱となった。この曲はいま皆が歌えるほどに、この街にとって大切なものになっているという。
11月18日、妻は東京ドームで一夜限りのビリー・ジョエルを聴いていた。http://jp.youtube.com/watch?v=G4BGHOUxzK8[「Honesty」]では涙が出たらしい。アンコール曲の「Piano man」が終わり、超満員の観衆が家路につくころ、私はひとり自宅のTVで「笑って笑って」を聴きながら・・・泣いていた。
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